『五根の制御』

五根とは、人間の持つ五つの感覚器官です。 眼・耳・鼻・舌・身を制御することが、人間の心を制御することにつながるのです。 本来、人間の心は、少欲であり静寂を保っているものです。しかし、外からの刺激 を受けることにより、心が乱され、平常心を保てなくなります。 お釈迦様は、弟子達に入滅にあたり、次のようにさとしています。 「無意味な議論やおしゃべりは心を乱すものである。修行者はそれを捨てるべきであ るこれを不戯論と名づける」 それゆえに必要な議論は、ストレートにぶつけ合うのが良いのです。飾った言葉 (奇語)や二枚舌(両舌)を使ってその場を穏便に納めても、気の合う仲間と集っ て、 悪口を言って、憂さ晴らしをして心を乱してしまうのです。そのような行為をお釈迦 様は戯論と名づけられたのです。 お酒の恐ろしいところは、アルコールの力により、戯論に勢いがついてしまうこと です。お酒を飲む時も、戯論に十分気をつけて、口を制御する必要があります。 次に人との関わりを多く好まないことです。人と多く関わることを、良いことと思 われがちですが人と関わると、必ず心を乱されてしまうのです しかし、わかっていても寂しさに負けて、人を関わりを求め、そして苦しみを生じ させるのです。 我々は「友達を大切にしなさい」「たくさん友達をつくりなさい」と教えられ、そ れが大きく心に刻み込まれます友達がいないこと、イコール悪になって、無理して付 合って、苦しむ人もいます。 人生で友は勇気を与えてくれる時もありますが、反面大きく傷つけられることもあ るのです。人間は人と関わりを持つことで、心を必ず乱します。人と関わる時は、用 心して接することが大切で、必要最小限にすることです。お釈迦様はそれを「遠離」 と名づけられました。 五根から心に入ってくる欲望は数え切れないぐらいたくさんあります。 その五根の欲から身を守る方法は、一つしかありません それは執着というものを 持たないことです。 もし、不執着という鎧を着たなら、五根から生じる欲の渦中にいても、心を乱され ることがないのです。 自分の身を守ろうと、あれこれ策略することは、五根の欲の渦中で不執着の鎧を少 しずつ脱いでいるようなものです。気がつくとあれこれ五根の欲を鎧のように、身に つけ、それが成功と勘違いしている人が多くいます。 五根の欲から手に入れたものなど何の役にもたちません 唯一、役に立つものは、 自分の気持を素直に表現し、それに精進努力することです。 ただ、精進努力すると執着が生じます。その時にちっぽけな自分を握っていること に気づくことです。 この世の中、握ると必ず苦しみます。お金を握るとお金に苦しみ、子どもを握ると 子どもに苦しみ、地位を握ると地位に苦しむのです。趣着心を手放せばすぐ楽になれ ます。
合掌